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札幌高等裁判所 昭和53年(行ス)2号 決定 1979年2月02日

抗告人(申立人) 加藤勝 外九名

相手方 北海道知事

参加人 北海道電力株式会社

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は控訴人らの負担とする。

理由

第一  抗告人らは、「原決定を取消す。相手方が昭和五一年八月三一日消防法第一一条一項により北海道電力株式会社に対してした伊達発電所移送取扱所の設置許可処分の効力は本案判決が確定するまで停止する。申立費用は第一、二審とも相手方の負担とする。」旨の裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。

第二  当裁判所は、本件当事者が原審及び当審において提出した疎明資料をすべて検討したうえ、抗告人らの本件執行停止の申立は失当として排斥を免れないものと判断する。その理由は次のとおり訂正、付加するほか原決定理由欄記載の理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原決定五枚目表一行目から八行目までをすべて削除し、かわりに、「抗告人らは、技術上の基準には軟弱地盤についての工法等が欠除するなど種々の不備があると主張するが、本件技術上の基準自体に不備があるとの疎明は必らずしも充分ではなく、また、技術上の基準に不備または限界があるため、本件移送取扱所が基準どおりに設置されたとしても回復困難な損害の発生するおそれが具体的に認められ、これを避けるため本件許可処分の効力を停止すべき緊急の必要あることについては、十分な疎明がないといわざるをえない。」とつけ加える。

2  同五枚目裏一二行目の「疎明によれば、」とあるのを削除し、一三行目から一四行目にかけて「地域の存在することは一応認められるが、」とあるのを「地域が存在し、」と訂正する。

3  同六枚目表一行目に「変化するかどうか、地下水流の変化により」とあるのを「変化を来して」と訂正する。

4  同六枚目表二行目の「招来する急迫の恐れ」以下七行目までをすべて削除し、かわりに、「招来し、さらに、パイプ周辺の置換砂が盲暗渠となつて空洞を形成し、パイプの折損を招来する等のおそれがあることを裏付けるように見える抗告人ら提出の疎明資料が全くないわけではないが、これらのおそれもおよそ抽象的なものにすぎず、一方、本件報告書及び疎乙第四号証によれば、本件工事の施行についてはそうしたおそれのあることも認識のうえ必要な予防策を講じていることが一応認められるのであつて、結局抗告人らの前記主張については疎明が不十分であるといわざるをえない。」とつけ加える。

5  同七枚目裏八行目の末尾に続けて、「抗告人らは、保安設備が作動しなかつた事例をあげて、本件パイプラインの場合も作動しないおそれがある旨主張するが、これを認めるに足りる疎明資料はない。また、抗告人らは、参加人らが設計どおりの施工をしていない個所が随所にあつて、そのためいわゆる「水との斗い」の危険性が現実化していると主張するが、右主張を裏付けるに足る疎明も十分ではない。」とつけ加える。

6  同八枚目表末行の「浸水公害を引き起こし、」の次に「また、地盤沈下による道路の陥没、建物への影響等があつて」とつけ加える。

7  同八枚目裏六行目末尾に続けて、「仮に、抗告人ら主張のような浸水公害が発生したとしても、右損害は金銭による賠償が可能な範囲のものと認められるから、回復困難な損害とはいえない。また、本件疎明資料によれば、本件パイプ埋設個所の周辺道路に亀裂や陥没個所があり、さらに、地下水位が低下して水枯れが生じたり、牛舎の土台が低下する等の事故が発生した例があり、これらの事故は本件パイプ埋設工事と因果関係がないわけではないようにも見られるが、仮にこれらの事故が本件パイプ埋設工事によつて発生したものとしても、その損害も代替施設の設置や金銭による賠償が可能のものと認められるから、回復困難な損害ということはできない。」とつけ加える。

8  同九枚目表四行目の「3 または仮に浸水公害の発生、」とあるのを削除し、かわりに「また仮に、」とつけ加える。

9  同九枚目表七行目冒頭の「4」とあるのを「3」と訂正する。

第三  以上のとおり、本件許可処分によつて抗告人らに回復困難な損害が生じ、かつ、それを避けるため緊急の必要があることについては疎明が十分とはいえないのであるから、抗告人らの本件申立てはいずれも理由がなく、却下を免れない。

よつて、これと同旨の原決定は正当であつて、記録を精査しても他に原決定を取消すべき事由を見出すことはできないから、本件抗告をいずれも棄却することとし抗告費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条をそれぞれ適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 石澤健 矢崎秀一 永吉盛雄)

抗告理由書

一 申立人らは、技術基準が不備であれば、震度五以下の地震でもパイプが破損することを主張している。しかるに原決定は、地震と技術基準の問題を別々に判断している。

二 現実に技術基準の不備から大災害を起した例を申立書でも述べている。

(1) 三菱石油水島製油所の事故(昭和四九年一二月)

(2) 中外鉱業会社持越鉱業所の鉱さい堆積場の崩壊(昭和五三年一月、伊豆大島近海地震による)

この二つとも技術基準を満していたにもかかわらず事故を起したものであり、とくに(2)について、申立人らは、重大な関心を示すものである。

地震により堆積場のえん堤が崩壊し、シアン化合物を含んだ大量の鉱さいが流出した事故であつた。この堆積場は、「捨石鉱さい堆積場建設基準(昭和四八年改正)」が適用され、四九年の全国総点検の際、新基準に一回でパスし、「超安全」の折り紙が通産省によつてつけられたものであつた。この堆積場は、建設基準上は震度六の地震にも耐えうるはずであつたのに、震度五で崩壊してしまつた。その理由は、鉱さいはシルト(砂より粒子が細く、粘土より粗い)が主体で、これが地震によつて液状化(普段は固体と考えられているものが、震動が加わると液体と同じ性質を有するようになる)し、崩壊したとされている(「持越鉱山堆積場事故調査委員会」昭和五三年八月一七日)。

地震時の砂地の液状化が問題になつたのは、昭和三九年の新潟地震の際、砂地に建てたマンションが傾いたときがはじめてであつたが、その後でもシルトまで液状化するとは考えられていなかつた。そのため、捨石鉱さい堆積場建設基準には、地震時におけるシルト対策が考慮されていなかつたためである。

三 申立人らは、現実に発生している地下埋設管の事故が、管を地中梁とみなし、管に周囲の地盤から作用する土圧の異常によつて生ずる「軸方向曲げ応力」によつて破損することや、地震時には、地盤の「塑性変位(揺れた地盤が元の位置にもどらぬ)」による地盤のずれのために生ずることを明らかにしてきた。しかるに、この二つについて技術基準では全く考慮がはらわれていないのである。

四 以上のことから、参加人の設計は、「耐震設計」になつていないから、震度四でもパイプが破断する危険性がある。

五 したがつて、地震と技術基準とは同時に論んぜられるべきものであり、原決定には意図的歪曲がある。

六 原決定では、地下水流の変化等については、鑑定を俟たねば判断しえないものであり、疎明の範囲を越えるとしている。これには次のように反論する。

(1) 生越忠(和光大学教授)の意見書等は鑑定書とみなせる。(甲二二、六四、六七号証)

(2) 証拠写真や陳述書で、現実に生じたパイプライン埋設個所の道路等の陥没や亀裂、水枯れや湧水個所の発生は、鑑定を俟つまでもなく、常識的に判断できる。

七 具体的に示すと、

(1) 道路の陥没

<1>和五郎道路(五三年三月二五、二六日)<36><34>

<2>国道三七号線(五三年四月一日)<26>

<3>館山道(五三年五月二七日)<96><97>

<4>竹原、西六号線(五三年六月一日)<127>

<5>館山下、土地改良区(五三年八月二七日)<207>

(2) 道路の亀裂

<1>石川町室蘭市道(五二年一一月二三日)<30>

<2>道々東関内伊達紋別停車線(五三年三月一九日)<32>

<3>気門別川付近道路(五三年四月一日)<39>

<4>弄月川付近道路(五三年四月)<37>

<5>館山下(五三年五月一八日)<89><90>

<6>道々東関内伊達紋別停車線(五三年五月二一日)<125><126>

<7>黄金一号線、大谷地(五三年六月一〇日)<137>

<8>館山道、今田宅前(五三年六月一三日)<143><144>

<9>西一号線、清住(五三年九月二日)<191><192>

<10>黄金一号線、南黄金川〔地盤沈下を伴う〕(五三年九月二三日)<233>

<11>稀府二〇号線、岩根川付近(五三年一〇月一日)<226>

(3) 水枯れ

<1>西関内草野宅の湧き水(五三年九月二三日)<228>

<2>稀府荒宅裏の池(五三年一〇月一日)<227>

<3>和五郎道路〔黄金一号線〕鈴木宅の裏手(五三年一〇月一日)<229>

<注> ○内の数字は写真番号を、( )内の年月日は撮影日を示す。

八 申立人、加藤勝の敷地内には、埋設工事に伴い

(1) 井戸水の水位低下により伊達市から給水を受ける。

(2) 地面に無数の亀裂が生じ、サイロにも亀裂を生じた。

(3) 地盤沈下により牛舎の土台が下つた。

などの被害が生じている。(甲八三、八四、八五、八六、八八、九〇、九五号証)

九 したがつて、これらの疎明がないとする裁判所の判断は誤りである。

一〇 参加人が設計どおりの施工をしていない個所が随所に見られることを、申立人らは、写真や陳述書等で明らかにしてきた。いわゆる「水との斗い」の危険性が現実化してきたため、執行停止の申立てに及んだにもかかわらず、裁判所は、この点に全く触れていない。

一一 置換砂が地下水により流出している写真を数多く証拠として提出してある。パイプ周囲の置換砂の密度が小さくなつていることから、地震が発生したとき等にパイプ周囲に空洞が生じる可能性の大きいことは常識で判断できる。全てを高度に専門的な事柄として、その判断を避ける裁判所は、行政や企業の味方であり、住民に敵対するものである。

一二 保安設備が作動しない例も証拠として挙げてあり、また参加人が過去に犯した事故にもその例がある。

一三 土中温度に関する参加人のでたらめな実験に基づいて、農作物に被害がないとする判決は承認しがたい。

一四 農業意欲の減退が回復困難な損害にあたることはないとする原決定には全く承服することはできない。農家が兼業から離農に追いこまれてきた、この一五年の歴史をみよ。

一五 パイプライン埋設工事により、相手方が起らないとしていた水枯れが生じたり、参加人の設計にない場当り的な工事を目で見、パイプラインの危険性を肌で感んじた申立人らは、執行停止申立てに先き立ち、本訴(昭和五二年(行ウ)第一五号)を提起している。この本訴が確定するまで、パイプライン埋設の執行を停止して、危険から申立人らの生命、財産を守るのが、執行停止申立ての目的である。したがつて急迫の発生云々についても明日、明後日といつたものではなく数カ月、年単位と考えるべきものである。

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